こにくが死んだらレッチリをBGMに出棺してほしい

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こんにちは!
最近のこにくは、いろいろと自分のプロジェクトがまた動き出しているのですが
そんななかで、ちょっと自分としては大きな出来事があったので、ここに残しておきたいと思います。
ちょっと暗いので、お嫌な方はどうぞスルーして下さいませね。

5月の末に、伯母が亡くなりました。
もう何年も会っていなかったけど、親類のなかでは特別な存在だった伯母。

伯母は、父親の姉になります。
こにくの父方のきょうだいというのは、長男、次男、伯母、父の4人きょうだいで、女は伯母だけ。
わりと長男、次男とそれぞれの嫁のキャラが強く、いろいろ田舎っぽいしがらみやややこしい問題があって、
こにくを無条件に心から可愛がって、あれやこれやと時間もお金も愛情もたっぷりかけてくれたのは、父方の親類では伯母だけでした。

2017年も残り2日か1日かという年末の慌ただしい頃、長男の嫁からの知らせで、伯母が子宮がんを数年来患っていることを知りました。

抗がん剤治療で髪の毛はぬけ、ふっくらしていた姿はすっかり痩せてしまったそうで、
人と会うことを伯母は避けていたので、こにくたち家族にも知らせてくれなかったみたいなのです。

そのときは、一応容態は落ち着いていて自宅療養中とのことだったので、
突然の知らせに泣き始める母親を「まだ死んだわけでもないのに泣かんとき!」とたしなめつつ。

それがあってから5ヶ月、きょうだい、親類で見舞いに行こうという相談をしていた矢先に、容態が急変し、伯母は逝ってしまいました。
77歳でした。

こにくの両親は健在で、近親者で亡くなった人というのはこにくはあまりいないので、
(おじいちゃんおばあちゃんも、こにくが生まれた時にはもういなかったり離れて暮らしていたりした)
葬儀というものにも慣れておらず。

でも、そろそろ年齢的にも、きちんと喪服を所持していなければならぬのだなと、幾分身を正されたような思いもよぎりました。
どこかで「そんなん準備したくない」と、子供っぽい気持ちも湧き上がってきたけど
ややこしい人の多い田舎の親類です、どうでもいいことで両親が嫌味言われてもいややし、
エエ歳して「常識ない」みたいなこといわれても、伯母ちゃんも浮かばれんやろと思い、
キラキラチャラチャラヨレヨレの服しかない自分のクローゼットにげんなりしつつ、
それなりの身なりを大急ぎで整えたのでした。

比較的、ほかの親類よりも伯母の家にほど近いこにくは、
仕事終わりで、お通夜に行って伯母の顔を見たのだけど、もうそれはこにくのよく知る伯母ではありませんでした。
「いい顔してるやろ」ってみんなは言うけど、こにくは「これはもう伯母ちゃんじゃない。伯母ちゃんはもうここにはおらへんねや」って、感じました。

何年も会っていなかったことや、大きな病気してなくなってるのもあるやろうけど。。。

長男も次男も、そして末っ子の父も、ほとんど寝ないまま(お通夜やし当然やろけど)
葬儀の朝になりました。

シニカルなこにくは、冠婚葬祭における「演出」が茶番みたいで大嫌いで、
わざわざ「演出」せな感動・追悼できひんような式ならするな!って思ってしまうのだけど

だから伯母がカラオケで大好きだったという「川の流れのように」をエレクトーンで弾いたりするのがもうめっちゃムカついたのだけど、
悲しすぎてほんまに涙が止まらなくて「お願いやしやめてーーー!!!!」って思っていました。

川の流れのようにがなくても、ほんまに涙止まらなくて
伯母の顔も、悲しすぎて見られへんかった。

遺族である伯母の夫、おじさんと、長女のおねえちゃんと長男のおにいちゃん。
おねえちゃんはもちろん号泣して、それを見ているのも辛かった。

伯母のきょうだいたちも、楽天的でデリカシーのない長男はオイオイ泣き、マイペースで変わり者な次男も鼻をすすり、
それらとは対象的な、末っ子気質で内向的なこにくの父も、静かに泣いていました。
伯母ととても仲のよかったこにくの母も、涙もろいしもちろん号泣。

でも、なによりも一番悲しいであろう伯母ちゃんの娘、おねえちゃんが号泣しているのを見ると、
自分がそれよりも悲しんでオイオイ泣くのはなんか違う気がする、と、意味不明な抑制が働いたこにくは、出棺前におばちゃんの足元に少しお花を手向けて、しゃくりあげるのを必死で抑えてただけでした。

伯母はとてもとても人望があって愛されて、
菩薩さまが人間として生まれてきたらこんな顔だろうと思わせるほどの仏顔でした。
小柄でぽっちゃりで、とても苦労したけどでもそれを微塵も見せない、福々とした人でした。
好奇心旺盛で働き者でちょっと心配性で・・・

親類だけでなく、友人・知人も伯母の棺を囲んで嗚咽する人もたくさんいて、
人の生き様や生きる意味や、なにを残して逝くのかとかを、考えさせられました。

先日のコラムで、いまこにくは目下、自分がこれからどう生きていくかを考え中、と書いたのだけど
「どう生きるか」を考えるということは「どう死ぬか」を考えることにほかならない。
自己分析するなかで「自分が死んだあとに、どういうふうに憶えられたいか」という言葉にぶちあたって、こにくはぼんやりしたことしか答えられなかった。

伯母ちゃんも、どんなタイミングで死んでくれてんねん、てなもんです。

自分が死んだあとに、どういうふうに憶えられたいか。
そして、自分はなにを残して死ぬか。
そのために、生きている間に、なにをすべきか。
どういうふうに死ぬか。

生き死になんて、計画しきることはできないし、縁起でもないし、という気もするけど、
すべての人に避けては通れない「死」というもの、
それを意識するから「生」をほんとに真剣に考え始める、
「死」を思うから「生」が輝くんやよな・・・って、思ったのです。

平均寿命が80歳とするなら、こにくは折り返し地点までもう少しだけど、
いままでやってきたことや経験したことに後悔はひとつもない。
でもじゃあこれからは?と考えたら、見えないし決められないことがまだまだ多い。

でも、学んだのは、親しい人の死は、自分を少し大人にしてくれるということ。
「いかに生きるか」を、否応無しにつきつけられるもん。
そして、残されたものは、生きてたときにもらったたくさんの愛情のぶんだけ、喪失の悲しみを背負うことになるけど、
それをきちんと受け止めて、生きていかねばならない。

今回、伯母が亡くなったことをここに書き留める理由は、
なぜかわからないけど「ちゃんといまは悲しんでおかなければいけない」と思ったからです。
大好きでとってもお世話になった伯母、何年も会っていなくてなにも返すことできなくて、
迷惑と心配しかかけてなくて、でもまさか長男よりも次男よりも先に逝くなんて、すぐには現実を受け止めきれなかったし、
いまも、灰になった伯母を見たのに、なんとなく受け止めきれてないけど
悲しみが払拭しきれていない今だけは、きちんと悲しんでおかなきゃいけない、って思った。
それが、伯母への弔いになるような・・・

同時に、親しい人の死って、どうやって乗り越えるんやろう、とも思う。
伯母が亡くなったことですら、こんなに悲しいのに、笑顔の伯母を思い出すといまでも涙出てくるのに、
両親が亡くなったら、自分はその悲しみをどうやって乗り越えたらいいんやろう、
ていうか、世の中の多くの人は、死別の悲しみをどうやって乗り越えてるんやろう、って、すごくすごく思った。

こにくはきょうだいがいなくて一人っ子で、そしてさんざん語ってきてるように結婚願望も出産願望もないですから、
どんな形で父と母の死を迎えるんやろう、と、自分の死はおいといて両親の死が怖くて怖くて仕方なくなった。

こにく家は、ありがたいことに両親はまだ元気で、適度な距離を持って生活しているおかげか3人ともとても仲もよく、笑いの絶えない家族なのですけど、
これを失った時に自分は正気でいられるのだろうか、と思ってしまった。

でも、それは生きていくものの宿命やもんね。

こにくは「寂しいから」という理由でだれかと付き合ったり結婚したりっていうのはすごく嫌だしやめたほうがいいことだと思っていて
なぜなら、寂しさというのはいつか癒えるから、その寂しさが癒えたらその相手はもう必要がなくなるからで、
虚しいしじゃまくさいことだと思っていた。

でも、今回、伯母の死をまのあたりにして、喪失の悲しみを受け止めなければならないと思ったときに
自分ひとりでは無理かもしれないと思った時、
そのセーフティネットとして、だれかといっしょにいる、結婚するっていうのは
生きていくために、心の緩衝材として、もしかすると人間としてはごく普通の衝動なのかもしれないな、と思ったりもしました。

「寂しいから」という理由で交際・結婚するというのは、ある意味では人間としてはごく当たり前の選択なのかも、と。

だからといって、いま「結婚したい!」と思っているかというと、そういうわけでもないんやけど。

ほんまに、どんだけドンピシャのタイミングでいろんなこと起きんねん、って感じのことが、今日もあったのだけど
とある女性コラムニストさんが新刊を出すというのでトークショーがありまして
そこに赴いたのだけど、
その新刊というのが、著者さんとそのお父さまと、20年前に若くして亡くなったお母さまをテーマに書かれたコラムでした。

そのコラムニストさんは、ご自身が最近印象的だった対談相手の言葉がある、と、
「親の役目は、死んで見せてくれること」という言葉をおっしゃって。

ほんまやなぁ、って。
伯母ちゃんは、死んだことで、いろんな思いやいろんな気付きをこにくに、遺族に、友人知人にくれて。
死ぬときに、その人の体がなくなる代わりにいろんな思いや愛や「存在」そのものが、純粋に残るようになる。
そこにはなんのまやかしもごまかしもなくって、ただただ「伯母ちゃん」そのものが「記憶」という形でみんな中に、残される。

ある意味では、肉体があることよりも強いのかも。
「死」は、生きていることそのものよりも強い光を放つっていうことなのかもしれへんよね。

そんな伯母の死を経て、こにくが思ったのは、自分が見送られるときのこと。
自分が死んだとき、もし葬式を誰かがしてくれるのならば、こにくの葬式はライブハウスかカフェバーみたいなとこで、
あ、Hard Rock Cafeとかいいかもやわ、
大好きなRed Hot Chili Peppers とかOasisとかDavid BowieとかBlurとかUnderworldとかをガンガンにかけて、
伯母ちゃんは「川の流れのように」やったけど、同じ美空ひばりならこにくは「人生一路」で、
香典とかいらんから、こにくのちょっと残したお金で、
みんな飲み放題で、飲んで踊って喋って笑って見送ってほしいなって思った。

「こにく、むっちゃコレ好きやってんなー」
「デヴィッド・ボウイの話し始めたら長くてうっとおしかったわー」
「いっつもよっぱらっとったなー」
「あいつほんまアホやったな〜」
「もうあいつと飲まれへんのはちょっとさみしいな〜」
くらいの、そんなノリがいいです。

これから、もっともっといろんな多様性がもとめられる時代、
家族のあり方が変わっていっているように、お墓や葬儀のありかたも変わっていくはず。
Hard Rock Cafeさん、葬儀プランとか、考えてくれへんやろか・・・・

では、また!

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