交換日記〜其の1:エリさん「もっとセックスしましょう的な価値観が世の中に広まればみんな幸せになる気がします」

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みなさんこんにちは!
このたびは新企画です。
読者の方からいただいたメッセージに、コラムでこにくからお返事させていただく「交換日記」をスタートしたいと思います。

記念すべき第1回はエリさん(仮名)です。

エリさん(バツイチ子なし/九州地区在住)から:
今は仕事もちょっと行き詰っていて、体調崩してくたくたですが、久しぶりにこにくちゃんのコラム読んでちょっと元気になりました!
(中略)今年の九州地区でのいくつかの災害、とても怖かったのですが、同時に無性にセックスしたい!って思いました。こんな時なのに、いや、こんな非常時だからこそ、お腹も空くし、眠くもなるし、セックスもしたくなる。友達に言ったら笑われたけど、あぁ、これが人間の三大欲求なのね、と生命とか死とかそういうもの強く感じた瞬間でありました。。。
食欲も、睡眠欲も健康に必要だと声高々なのに、なぜ性欲だけはひそひそしてしまうのでしょうかね、世の中は。。。
私はどちらかというとこじらせ寄りで、恋愛苦しみタイプだと思いますが、もっと、セックスと感情(貞操)が切り離して考えられるような、もっとセックスしましょう、的な価値観が世の中に刷り込まれていけば、いろんな人間関係がもっとスムーズになるのにな、苦しみ女子(男子も)が減るのにな、と感じます。
でも実は感情があるからこそセックスに快や不快、喜びや悲しみとか愛を感じるのかもしれません。
人間以外の動物のほとんどはセックスに喜びだとか快をだとか感じてはおらず、純粋に子孫繁栄のための行為でしかないのかもしれませんね~。動物さんたちに聞いてみないことにはわからないし、どちらが良いか悪いかというものでもないけれど。
(※一部、こにくにて加筆しています。)

エリさん、メッセージありがとうございます!
すごーく深くて濃密で、短い言葉では表わせない問題だなぁと、思います。
3年くらい前のこにくであれば、「セックスなんかやりたかったらやったらええねん!」と言うていたと思うし、今もそう思わないわけでもないけど、
おっしゃるように、とてもとてもセックスって「いけないもの」みたいに扱われている部分はありますよね。

まあ、たしかにおおっぴらにするのもどうかと思うし、
オープンにされてもねぇ。
する相手から(「したい」という意思表示)なら問題ないけど、他人のセックス事情とかはどうでもいいし、
そうやって秘密にするからこそ楽しいんやん♥とも思います。

ただ、セックスそのものを禁じられる言われはないと思うけど、
問題は「セックスしたいという気持ちを持つことを禁じられている」空気が問題、って感じですよね。

いまは、オンラインとオフラインと、世界が分断されてるところがあって
かくいうこにくも「こにく」という世を忍ぶ名前で、オフラインの自分とは少し切り離し、
オンラインでコラムを自由気ままに書いているわけですが。

しかしこの分断によって、セックス観や抑圧された欲求が歪んだ形ですごく溢れ出してる場合もあるよね。
オフラインで抑圧され、昇華されない性欲が、オンラインで暴走してる。

そもそも「秘め事」だったセックスは、その相手とだけ性欲を共有することで、お互いの(ある種の)共犯関係を形成していたけど、
その性欲をうまく昇華できないと、やっぱ人ってバランス崩すよねぇ・・・。

若い子ちゃんたちは(特に男の子)恋愛したくないそうですし。
まあ、コスパ高いってのも、言うてる意味ようわかるけども。

しかし、比較的、女性は自由になってきているような気も、こにく個人としては感じます。
世間ではいまだに女性に貞操観念を押し付ける空気がないでもないけど、
女性にとっては自分の性欲を認めてよいのだ、という自由さも少しずつ浸透してきている気がする。
セックスをオープンに語る女性や、女性のために真面目にセックスと向き合うセックスカウンセラーさんやAV女優さんなんかも、いまたくさんいますよね。

エリさんのメッセージを紐解くと、世の中のそういう重圧や煩わしさなんかももちろんなくなったわけじゃないけど、
結局一番の問題は自分で自分の欲求を認められるか否かだと思ってて。
で、それはかならずしも「ヤリたい」ということだけにはつながらない場合もある気がします。
ムラムラするな、やりたいな、って思うことあるけど、
それってほんとはただ酔っ払ってるだけだったり、眠いだけだったり
(エリさんおっしゃるように、三大欲求のいずれかが刺激されると、他の欲求も刺激されるってことが、こにくは経験的にある気がしています。
だから眠い時にやりたくなったりする。)
寂しいだけだったり、退屈なだけだったり。

まあ、それらの気持ちのモヤモヤも、セックスすればパッとなくなってしまうときもあるから、
やりたきゃやればいい、っていうのも、あながち悪いわけじゃないとも思う。
心と体はやっぱりつながってるし。
ええセックスのあとは、不安も消えるし肌もツヤっとするってもんです。

しかし、セックスはダイレクトなコミュニケーションですから、
やった相手からいろんなものを受け取ることになります。
同時に、相手にこちらからいろんなものを受け渡すことにもなります。
それが、愛とか優しさとか喜びとか楽しさとか、ポジティブなものばかりならいいけど
そうじゃないときは、やっぱり自分の中のモヤモヤや寂しさは、一層増してしまうこともある。

だから、「みんなセックスしましょう」っていうのは、一概には言えないなぁとも、思うのです。
そこに愛があれば、の条件付きになるかなぁ。
ここでいう愛は、別に付き合ってる相手じゃないといけないとか嫁/旦那とじゃないといけないとか、
そういう机上論ではもちろんなく、
いっしょに抱き合う相手にきちんと人間愛を持って、ということです。
やってくれてありがとう、気持ちよくしてくれてありがとう、好きだよ、楽しいね、という気持ちですね。

相手から搾取するばかりでは、やっぱりいいセックスの関係は築かれへんのちゃうかなぁと思うのです。
ここでいう搾取は、自分さえ気持ちよくなればいいっていう考えとか、
自分の性欲を満たすためだけに相手の体を使うようなやりかたとか、
心のなかで相手を蔑んでやるようなセックスのことね。

こういう「搾取するセックス」はしてはいけないし、そういう相手は避けなければいけません。
そうじゃなければ、どんどんやりたい人はしていいと思います。
まあ、場合によっては痴情の縺れにはならないように自己責任が伴うけどさ・・・。

もうひとつ、「みんなセックスしましょう」っていう風潮って気をつけなきゃいけない部分もあって
こにくは、いまは充分「みんなセックスしましょう」っていう空気が蔓延してると感じるのだけど、
そこには「セックスしてない人はダメ」という逆の圧力も生んでしまうっていうリスクです。

「恋愛」と全く同じ構図です。
「恋愛」「セックス」は、本能を刺激するから、儲かるんよねぇ・・・企業からすると・・・・
だから、前述のようにセックスをオープンに語る女性がいまたくさん(特にオンラインに)いるけど、
そこには「セックスしてるアタシたちはイケてる。しないあなたはとっても残念」という、無言の優越感もにじみ出ておるわけですよ。
(もとこじらせのこにくは、こういう卑屈な視点がいまだに抜けきっておりません!ww)

そうやって、恋愛やセックスの土俵に上がっていない女性を焦らせ、煽って、儲けようという広告業界や代理店の企みがあります。
つい最近炎上した某メディアをはじめとする、あらゆるメディアが、基本的には金儲けのために存在しているのでね。
ほんで、それの全部が全部悪いわけじゃないけどね。

世の中には、したくてもできない、したくても相手がいない、そもそもセックスが嫌い、怖い、トラウマがある、必要ない、という人もいます。

セックスなんて、子供を生む必要がなければしなくっても生きていける。
聖母マリアやマザー・テレサを見てみろっちゅー話ですよ。
処女でもどんだけ人の心を救ってきたんやっちゅー話ですよ。
だから、その「煽り」にのせられて、自分のペースを崩すことがないようにせんとあかんと、こにくは思うわけですよ。

世の中や広告がなんといおうと、自分はしたい。
逆も然り。
世の中や広告がなんといおうと、自分はいらない。必要ない。

どんなものにも煽られることなく、とらわれることなく、
「あたしはどうしたい?」に正直に生きていけることが、すばらしいんとちゃうかなぁと、
思った次第でございます。

あ、最後に。
ボノボというお猿さんがいらっしゃいますが、
かれらは子孫繁栄のためではなく、コミュニケーションのためにセックスをするというとてもめずらしい存在だそうです。

ボノボ万歳!!


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