できない。しない。やりたくない。

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こにく

たくさんのことが一度にできればできるほど、人はすごいって思うし、
実際に自分でも「自分ってスゴイ!」って思えるかもしれない。

そして、たくさんのタスクが自分にあったり、
たくさんいろんな人から「お願いします!」って言われることがあると、
自分の存在価値が増した気がして、すごく張り切って「はい!わかりました!」って、人はなってしまうもんやと思う。

こにくも実際そうで、やっぱりいつもなにか自分に「やるべきこと」があって、
締め切りがあって、待っててくれる人がいて、一緒に頑張ってくれる人がいて、引っ張ってくれる人がいて、
それが仕事でもプライベートでも、パラレルでどんどん進んでいくっていうことに、快感を感じておりました。

休みなんかなくっても、睡眠不足でも、そこにハマることができる。
そういう「ハマれるもの」を、つねに探しているフシがございました。

それがないことが怖かったり。
「ハマる」パワーが、自分を突き動かしていたとも言える。

でも、最近はちょっと違ってて、
「やはり自分の気力もパワーも時間も、限りがある」っていうことに、気づきました。
こんなにも当たり前のこと、こにくはなかなか気づけなかった。

歳をとった、っていうこともあるのかもしれないけど、
体力にガタがくるということよりも、気持ちの部分で「これは自分がやるべきことか否か」を
すごく考えるようになった。

たくさんの「やるべきこと」が目の前にあって、
それは依頼されたこともあれば、自分で集めたこともあるのだけど、
いざ集まってしまった「タスク」を俯瞰で見たとき、あまりの多さに
「これは、、、、、、、む、むりや。。。。。。。」と、気が遠くなりました。

「でも、それでも、それをこなしてる人もいっぱいおるやん」と、
タスク管理、タイムマネジメント、チームマネジメントに関して、のーみそフル回転で突っ走っていたけど
でも、気づいたことがあって、それは

「できません」と言うことの大切さ。

「いい人」でいたいこにくにとって、「できません」を相手に伝えるということは、
相手の期待を裏切ることであり、とってもとっても怖いこと。
そして、できない自分を許せない。
たった一つのお断りが、自分の全身を貫くような無力感になって、自分を襲ってくるのです。

でも、どうしても、やっぱり、できないし。
物理的な時間も、パワーも、圧倒的に足りない。

そして、そこで「自分にしかできないこと。自分が自分のために、いちばん有効なこと」にフォーカスすることを考えるようになった。

そうすると、「できない」って、突き詰めると正直言うて「やりたくない」なんだなと、気づいたわけです。

「できない。てか、やりたくない。だから、しません。」

これを言うのは、勇気が必要やった。

信頼をなくすかもしれないし。
友達も仲間もなくすかもしれないし。
収入も減るかもしれないし。

でも、それでも、自分は、それをやることで差し出す時間やパワーや想いが
それと引き換えに得られる「なにか」よりも重くなってしまう。

自分を愛せずにいたら、そんな状況でアウトプットしたものなんて悪意の連鎖になりかねない。

「やります」って言うことよりも、難しくてかつ大事なのは
できない、やりたくないなら「できません。やりません」って言うことなのかも。

同じ場にいても、相手の見える景色と自分の見ている景色は違う。
きっと、こにくの真意は多くの人には伝わってないでしょう。
でも、それでも、いまはそうするしかなかった。
「できません。しません。やりたくありません」と言う。

がんばればがんばるほど、状況がマズくなるってのは、時々人生にあります。
まるでアリ地獄みたいにね。

向こうさんには、こにくのかわりなんていくらでもいるけど、
こにくにはこにくしかいないんやから。

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