もういちど捉え直すべき関係は、初期化したスマホに似ている

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こんにちは!
そろそろ、春の足音が聞こえてきそうな今日このごろですね。
こにくは、先日のコラムにも書きました通り、
大混乱しつつも、いままでとはまったく違う生活に、色んな意味での楽しみを見出し、日々小さな発見を繰り返しております。

そして今年もまた嫌いな春がくるなぁ、と思っている昨今でございます。

以前のコラムにも書きましたが、こにく、春ってきらいなのです。
いまでこそ「春鬱」の認知が広まってきているように思いますが、
物心ついた頃には、みんながワクワクしだす春には必ず鬱っぽくなっていました。
そんな自分っておかしいのかなぁとも思っていたけど、「春鬱」、共感してくださる方いらっしゃるはずです。

でもそれって、学生時代に起因するのかなぁって思ってた。
学生の頃には、春は必ず編成が変わるでしょ?
学年が変わり、クラスが変わり、学校が代わり、人間関係が変わる。
そんなとき、なかなかその場にすぐなじめない、実はデリケートなこにくがおりました。

しかし社会人になると、春になってもそこまで周りは変わらない。
もちろん大きく変わる場合もあるけど、それも常ではない。
だから、大人になって、春にあまり環境が変わらないと想定できる場合には、
「今年は春鬱は弱めかもな。よかった」と、胸を撫で下ろしているのが春先の常でございます。

しかし、今年はちょっと違った。

少し話が飛びますが、先日こにくはちょいと昔の記事を読み返しておりました。
しかも恐る恐る。
というのも、こにくが誕生したのは2014年、とある女性向けメディアにおいてのことでございましたが、
当時、こにくはいわゆる「モテ期」まっさかりでございました。
今から思えば、2014年から2015年にかけて、こにくはほんとにモテました。
そして2016年以降、こにくのそのモテ期はいったんの終焉を迎えたとはっきりと認知ができ、
そんな自分からして、モテていた時期の自分の記事を読むのは、
いまの自分の負け犬感をより強めてしまう気がして、読むのにちょっと勇気がいりました。

しかしですね、読んでみるとまあ、えらい調子に乗りまくっているな・・・・と、若干苦々しく思う自分もおります。
とはいえ、書いてきたことが嘘かというとまったくそんなことはないし、
普通に人間としての成長もあるはずやから、
書くテーマも文体もマインドも、変わっていってしかるべき。
過去の調子に乗った自分からいま落ち着いている自分の「変化」を感じたときに、
物書きをしていてよかったなと思ったりもしました。

で、そんな調子に乗りまくっていた時期から今年にかけて、
意図してというわけではまったくないのだけど、
なんだかどんどんこにくの手持ちのカード(=男)が消えていくという現象が起きました。

それは、より強いカードが手に入ったから弱いカードが消えていったということもあるし
めちゃ強いと思っていたカードやのに、あるとき突然負けて手放さざるをえないといったような
自分の意識やエゴではどうしようもなかった感じ。

そんなとき、最後の手持ちの強いカードが、なんとこの春に転居することになったと言うてきはりました。
彼との付き合いは約1年半、ここ最近の最強カードでした。
既婚者ですがフリーランス、約束はきちんと守る、とても安心できる人。

彼と出会った時、こにくの手持ちはほかにもいくつかあったので、
彼がこんなに強く長く残るものとは全然思ってなかった。

人の縁っちゅうのは不思議なもんですねぇ。

そして彼は、お仕事の都合で、奥さんとともに転居することになり、
日本国内ではありますが、気軽にちょっと会うってのは難しい距離感になってしまったのです。

こにくは焦りました。キョドりました。
思いの外、めちゃ寂しくなりました。
なにより、かなりショックを受けている自分にビビりました。
そして、めちゃ怖くなりました。「今年はキツめの春鬱が来るかもしれん」と。

転居とはいえ、そこまでの遠距離でもなく、日帰りも頑張れば無理ではない距離やし
いままでだってそんなしょっちゅう会ってたわけでもないのに、
いざ関西圏にいないと思うだけで、なんだかとても「虚無感」でした。
「心に穴がぽっかり」ってかんじでした。

そんな心細さに苛まれながらも、
「自分にもこんな乙女なところがまだあったんやなぁ」と、自分を客観的に見ている自分もいました。

そして、「なんやかんやで彼のことはけっこう拠り所にしてたんやなぁ」とも、思ったのです。
最後のカードやからってことで焦りがあったのか?それももちろん、ないといえばうそになる。
だって、男がひとりもおらへんて、正直言うていまはまだ寂しいと思う!
しかしでも「最後のカード」だからっていう焦りとはまた別の、ちょっと恋っぽい部分もあったのだなぁと、
若干の気恥ずかしさを持って、自己認識が更新されたのでありました。

モテ期でイキりまくっていたときの自分。
そしていまの自分。
見ている先のほしいもの、目指すもの、環境の変化も人脈の変化も、自分の成長もあると思うけど
「人ってこんなに変わるんやなぁ」と、自分ごとながら思っています。

春って、こんなふうに「出会いと別れ」の季節。
ちょっと今年はしんどいかもしれへん、と思って、
あんまり過去のことは振り返ることも後悔することもないこにくですが
たまたま、とある出来事が今回の彼の転居に戸惑う自分に気づきを与えてくれた。

それは、自分のスマホが壊れたこと。

前述の彼との転勤云々と時を同じくして、こにくのスマホがぶっ壊れてしまいまして
それは物理的な故障だったので、メーカーに依頼し、部品交換で修理してもらったのだけど
外側は以前のままだけど、初期化されるのは避けられないことでした。

スマホでもPCでも、みんなわかると思うけど
自分の好きなようにアプリ入れたり壁紙変えたりしてカスタマイズするやん?

それが、いったん初期化されちゃう。
壁紙ももちろん出荷時のだっさいやつに戻され、
SIMにもSDカードにも保存していなかったのか、
お気に入りだった壁紙が消えてしまったのです。

しゃーなしで、いったんはそのだっさい壁紙のままで数日過ごし、
もとのお気に入りのやつを探そうと思った時、ふと思ったのは
「あれ、前にデスクトップに設定してたのってどんなんやったっけ・・・」。

そう、こにく、以前気にって設定していたはずの壁紙が、
どんなんやったか、思い出せなかったのです。

こにくは、UKやUSの音楽が大好きなので、
そんな大好きなアーティストを壁紙にするんやけど、
大好きやった方の、どんな壁紙やったか、わからへんようになってた。

なので、とりあえずはアーティスト名でいろいろ検索して、
どこのサイトやったかを探してたんやけど、
そのうちに見つけた、前とは違う壁紙にめっちゃええのがあって
「これごっつええやん!」と、テンション上がって
前とは違うその壁紙を、いますごく気に入っているのです。

ガワは、前と同じスマホ本体なのだけど、
中身は前とちょっと違う。

初期化して、セットアップめんどくさくって
最初はなんか、慣れないモノってかんじもあるけど、
だんだんと、まえと違う壁紙を気に入ったりする。

アプリも、知らん間にアップデートされてて、あれ?って思うけど、そっちのが使いやすかったり
逆に気に入ってたアプリがもう存在しなくなってて悲しかったり
でも、そのかわりになるアプリをみつけて、慣れていったり
自分の使い勝手のいいように、カスタマイズしていくよね。

これって人間関係や、壊れた恋愛関係も同じな気がする。

こにくの場合は、今回は物理的な距離が離れるというアクシデントなだけで
それイコール離別ではないと(現時点では)思うのだけど
それも含め、いままで培ってきた関係のフォーメーションが変わるという点では
失恋も離別もケンカ別れも離職も転職も別居も、一緒かも。

それをこにくは「捉え直すべき関係」って、思ってる。
相手とのつながりが切れたとしても、いままで培ってきた関係を、それを期に「自分にとってどういう意味のある関係か」を捉え直すべき、という意味。

「夫婦」が離婚したら、それはもしかすると
「宿敵」になるのかもしれないし
「鬼門」になるのかもしれないし
「友達」になるのかもしれないし
「戦友」になるのかもしれない、というような。

使い慣れた、自分カスタマイズな関係がいったん壊れて、
ガワは変わらない自分と相手なだけなのに、
中身は似て非なるもののように思える。

使い慣れた関係がいったんなくなって、いっときその喪失感にさいなまれても、
でもきっと、それを期に自分のスマホをまた初期化して、カスタマイズするんやよね。

そして「あれ、前の壁紙なんやったっけ・・・」とか
「あのアプリ便利やと思ってたけどもっと便利なやつ見つけた」とか
「必須やと思ってたあのアプリも、いざなくなってみるといらんなぁ」とか

それはすなわち、その関係が「終わった」のだとしても
自分にとってのその関係の意味や必要性を「捉え直す」、
つまりアップデートした自分に最適化していくということなんやなと思う。
自分にとって最適なように、カスタマイズされていくんやと思う。

いままでは拠り所だった、身近にいた相手も
新天地で新しい仕事をする。
新しい人生と新しい人間関係が待っている。

そんな相手に対し、相手が身近にいなくなって、自分はどう変わっていくんやろう、
そして相手にとって自分はどういう存在になっていくんやろう、
そもそも、なんで出会ってこんなに関係が続いてきたんやろう、
この「捉え直し」にはどんな意味があるんやろう、
これからのアタシらは、お互いにとってどういう存在になっていくんやろう。

それって、意外と初期化してみたら違う壁紙がしっくりきたり
「いらんかったなぁ」っていうアプリをやたらインストールしてたことに気づいたり
前とは違うこいつやけど、前よりも気に入って前よりも使いやすくなってる、みたいな
あたらしい発見につながる気がする。

人間関係だけじゃなくて、
ほかにもいろんなことが初期化される気がする春。
春鬱を予感したけど、壊れたスマホのおかげで、下手にジタバタしなかった自分をほめたい。

そして桜咲いたら、はよう花見ビールといきたいところですね。

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